なぜ「無意識」なのか

有限会社創運舎のブログです。 創運舎は、無意識から湧き上がる「衝動エネルギー」の働きを踏まえて、心と環境を安定させる指導を行なうとともに、無意識の探究で見出した生と死のメカニズムをお伝えしています。

2025年11月

無意識と運


私たちの「運」は、無意識と意識サイドのせめぎあいから生まれています。これを踏まえると、運がままならないものである理由がよくわかります。

意識は無意識も含めた心全体から見ればごく一部に過ぎず、その力がどんなに強くても全体を支配できません。意識にとって無意識は、比べようもない程に強大な存在なのです。

また私たちは、「意識が無意識や衝動エネルギーを認識しようとする働き」にも制約を受けており、制約されていること自体にも気付けません。言わば認識能力を〝封印〟されたような状態で、自分よりもはるかに強い相手とせめぎ合っているのです。これでは優位に立てるわけがありません。これゆえ、運は人智の及ばないものとして扱われるのでしょう。

なお、無意識の制約は、必ずしも意識サイドの足枷になるばかりではなく、ときには支援するようにも働きます。制約に足を取られたときの様相を「運が悪い」と感じ、後押しを受けたときの様相を「運がいい」と感じるのです。

支援になるなら「制約」という表現はなじまないと思われるかもしれませんが、足枷になろうと支援になろうと、無意識は、あくまで衝動趨勢に沿って意識サイドを動かそうとしているだけです。そういう意味ではやはり制約と言わざるを得ません。


無意識の見えざる手

衝動エネルギーは、「無意識の見えざる手」として、内側(心)と外側(環境)の両方から、私たちを制約し枠にはめています。

私たちは、衝動の制約が好ましくないときには、避けようとしたり、そこから抜け出そうとしたりします。反対にそれらが好ましいものならば、その傾向をもっと推し進めようとします。
つまり衝動によって強制的にはめられる枠と、それを意図的にコントロールしようとする意識サイドの力とがせめぎ合っているということです。

制約の感じ方には個人差があり、衝動や意識の力の強さによっても大きく異なります。衝動の力が強いときには抗しがたい壁として感じ、弱いときには意識の力で突破できる程度の試練と感じるのです。

意識の力の弱い人や衝動エネルギーの干渉が強い場合、せめぎ合いのポイントは、どうしても意識側に寄せられてしまい、表層意識で裁量できるエリアは狭くなります。すると、人生はままならない、運命の力には逆らえないと感じるようになるでしょう。

反対に、意識の力の強い人や衝動エネルギーの干渉がそれほどでもなければ、せめぎ合いのポイントは無意識側に寄るので、意識の裁量エリアは広くなります。この場合、人生は意志や努力によって動かせると感じるでしょう。

ただし、意識の力だけで人生が思い通りになると勘違いすると、衝動に足元をすくわれることになります。人智で自然を支配できないのと同様に、意識の力だけでココロ全体をコントロールすることはできないのです。

運の姿

私たちはしばしば「運に恵まれた」「運が悪かった」と口にしますが、では運とは何なのかと問われても、明確に答えられる人はいないでしょう。そもそも、答えが出せるとは思わないのではないでしょうか。

しかし、無意識にまで視点を深めれば、運の姿がはっきり見えてきます。運は、ツキの一言で片づけられるものでも、巡り合わせのようなものでもありません。無意識の制約と、私たちの意志や努力などの「意識サイドの力」が、相互に作用して生じる〝ありさま〟と言えます。

私たちは、意識サイドの力を使って自分の望む人生を送ろうとします。しかし無意識は、そういう望みとは関係なく私たちを制約し、データによって作り出された見えない枠の中で人生を展開させようとします。
このため、無意識と意識サイドとの間には、絶えず反発や摩擦などの「せめぎ合い」が生じます。そのありさまが「運」もしくは「運命」と呼ばれるものなのです。

人生の「隠されたガイドライン」

私たちは、無意識の制約によって形成された「衝動趨勢」という流れの上で生きており、そこで展開する人生のありさまが「運命趨勢」です。

これらの趨勢と人生との関係は、大海原の潮流と小舟に例えることができます。
私たちは、自分が乗る小舟の下に潮の流れが存在するとは知らずに生きています。そのため、小舟を操っているつもりでも、あらぬ方向へ押し流されたり、思わぬ速さで運ばれたりします。
航路を自由に選べると思い込んでいる人もいるますが、それは潮流が穏やかであるか、流れの幅が広いだけで、ひとたび流れから外れようとすれば強烈な力で引き戻されることになります。

この水面下の潮流が衝動趨勢で、小舟の動きが運命趨勢にあたります。うねる流れのままに小舟が進めば、衝動趨勢がそのまま運命趨勢となり、小舟のエンジンが強ければ、意志や希望がある程度反映された運命趨勢となります。

衝動趨勢と運命趨勢の2つは、データによって作り出された見えない枠であり、人生における「隠されたガイドライン」なのです。

無意識の制約から生まれる人生の潮流

無意識は衝動エネルギーを介して、私たちの意識や環境に制約を加えていますが、その中でも、特別な働きをするものがあります。
それは、4歳頃までの間に深部データから生じる制約です。深部データとは、私たちが生まれた時から無意識の特に深いところに存在しているデータでのことを言います。
そこから幼い頃に生じる数々の制約は、全体として一つの「流れ」を形成し人生の大枠を決めているのです。この流れのことを私は「衝動趨勢」と呼んでいます。

衝動趨勢は、深部データの属性や強さに沿った、固有のスケール、性質、勢い、時間軸を持つ潜勢的な流れです。その動きは単調ではなく、スピード、向き、広がりなどを変えながら、うねるように流れ、動きを止めることもあります。
あるいは、他者の流れと交わったり、引きずられたりもします。それでも基本的なベクトルから外れることはありません。

私たちの人生は、衝動趨勢に誘われるがごとくに展開しており、そのありさまを私は「運命趨勢」と呼んでいます。
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