なぜ「無意識」なのか

有限会社創運舎のブログです。 創運舎は、無意識から湧き上がる「衝動エネルギー」の働きを踏まえて、心と環境を安定させる指導を行なうとともに、無意識の探究で見出した生と死のメカニズムをお伝えしています。

無意識との出会い

「無意識」というもう一人の自分

今回は、「いつも死が身近にあった」に続いて、私が無意識の探究を始めるまでの道筋についてお話ししましょう。

私は、幼い頃から人間という存在についての疑問を抱いており、そのうえ、常に「死」を身近に感じる家庭環境で育ちました。
そんな中で、いつしか「もう一人の自分」という考えが芽生えました。普段、何かを考えたり、感じたりしている自分を「表の自分」とするならば、心の中に、それとは別の誰かがいるのではないか、ということです。

きっかけは葬儀社を営んでいた祖父から聞いた話です。風邪ひとつひかない元気な女性が五十代で急死しました。彼女は亡くなる直前に、自らの死装束を用意していたそうです。祖父によれば、似たような話は、さほど珍しくないといいます。
なぜそんなことが起こり得るのかと考えるうちに、然るべき時に支度を促す何者かが私たちの内側に存在するのではないか、と思うようになりました。
 
成長するにつれて、「もう一人の自分」が存在するという考えは確信となっていきました。こう考えると、周囲の人々の行動の意味がよく理解できたからです。
ケンカをしながらも別れない両親、どうしても気の合わない友達、やめようとしてもやめられないクセ、お酒を飲むと性格が変わる人、普段は冷静なのにある事柄にだけ感情的になる先生。もう一人の自分がそうさせていると思えば、多くのことが腑に落ちました。

もう一人の自分は、隠された本音などとは次元が異なるもので、本音と建前を使い分ける表の自分の、さらに奥にいる存在です。
後に、もう一人の自分には「無意識」という名前があることを知ったのでした。


いつも「死」が身近にあった

今回は、「『いま、ここに存在する』という恐怖」に続いて、私が無意識の探究を始めるまでの道筋についてお話ししましょう。

私は幼い頃から、人間という存在についての疑問を抱いていました。それは、「死」を身近に感じる家庭環境にあったことも一因でしょう。

生家の隣で祖父が葬儀社を営んでいたため、友達の父親、親切にしてくれた近所のおばさんをはじめとして、多くの死に出会いました。しかもそれらの中には、夭死、自殺、横死など、穏やかならぬものが少なからず含まれていました。

自分もいつか死なねばならないうえに、思い通りに死ねるわけではないということが、やりきれませんでした。
葬儀に来る坊さん達に疑問をぶつけても、納得のいく答えは返ってきません。それなのに、死者の枕頭で「安らかなお顔で、良き処に逝かれたと思います」などと言うのが不思議でした。

加えて、戦争によって死の恐怖を刷り込まれた両親からも〝英才教育〟を受けました。
父は十四歳で満蒙開拓青少年義勇軍に入隊しましたが、大陸に渡った後、わずか二ヶ月あまりで終戦を迎え、軍の保護を失って厳寒の南満を逃げ惑うことになりました。母も焼夷弾の中を逃げ回った経験を持っています。
彼らは再び戦争が起きると信じており、息子に〝そのとき〟を生き抜く力をつけさせようとしました。狂気の時代をくぐり抜けた人間だけが知り得た知恵を、事あるごとに、小学生にもならない子供に叩き込んだのです。

このように私は、手厚い弔いから野晒しの骸(むくろ)まで、様々な死を目にし耳にする環境で育ちました。
人は必ず死ぬという現実を繰り返し突きつけられ、そのたびに、自分が突然この世から消える恐怖が呼び起こされます。私は子供ながらに、死というものから目をそらすことができませんでした。

「いま、ここに存在する」という恐怖

私がブログで書いているのは、長年にわたる無意識の探求で見出したことです。
実は、私の無意識への関心は、幼い頃にすでに芽生えていました。そうした、探究を始めるまでの道のりについても、少しずつお話ししていきたいと思います。

私は、基本的には、屈託のない明るい子供でした。しかし物心ついた頃から、時折、言いようのない戸惑いや恐怖に襲われることがありました。
初めてそれを経験したのは、確か3歳か4歳の頃です。ある日、「知らないうちに、自分がこの世に存在している」ことに気付いたのです。その時の悪寒を伴うショックは、私の心に深く刻み込まれています。

知らぬ間にこの世に存在させられていた不可解さに加え、知らぬ間に突然この世から消えてしまう不安も湧いてきました。
始まりと終わりを自分で決められないという事実が空恐ろしかったのを覚えています。
大人なら皆、そんな恐怖に対処できるし、我々がどこから来てどこへ行くのかも知っていると思っていました。しかし、誰もが何も知らないまま生きているのだとわかった時は、愕然としたものです。

こういった経験をきっかけに、いつしか私は、人間という存在についての疑問を抱くようになったのです。

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